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広島地方裁判所 昭和27年(行)21号 判決

原告 竹内芳助

被告 広島国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和二七年二月二七日なした滞納処分に対する審査請求を棄却する旨の決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は広島市吉島羽衣町二四二番地において「万象園」なる屋号を使用して料理飲食店を経営していたものであるが、昭和二五年四月二一日、広島西税務署所属大蔵事務官豊島佑夫は、原告の昭和二四年度所得税第一期分、外二口、合計七四五、六二三円を徴収するため原告の住居において原告所有の有体動産の差押をなし、(以下第一回差押と称す)次いで、同二六年一月九日、同税務署所属大蔵事務官佐久間一夫は、原告の同二五年度所得税追加決定分、外三口、合計一、一一八、七三七円を徴収するため原告所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物と称す)の差押をなし、(以下第二回差押と称す)更に同年六月八日、広島国税局所属大蔵事務官岡野進外二名は、原告の同二三年度源泉所得税、外五口、合計一、二七八、一四七円を徴収するため原告所有の有体動産の差押をなし、(以下第三回差押と称す)、同じく翌六月九日、右岡野進外二名は、原告の同二三年度所得税延滞金、外八口、合計一、六二一、二六八円を徴収するため原告所有の有体動産の差押をなした。(以下第四回差押と称す)。

二、右第一回乃至第四回差押当時における原告の基本滞納税額、各差押に関し差押債権として行使せられた滞納税額、及び被告のなした差押物件の評価額は別紙第一明細表記載の通りである。

三、而して第一回差押、並びに第三回差押に係る有体動産は、昭和二六年一〇月一日より同二七年一月二六日までの間に前後一一回に亘つてその一部が代金合計九一、七九五円で公売に付せられ(公売に付せられなかつた残余の有体動産は差押が解放せられた)、第二回差押に係る本件建物、並びに第四回差押に係る有体動産は、その全部が昭和二七年一月二五日、代金二、四五〇、〇〇〇円で一括公売に付せられた結果、被告は右合計二二、五四一、七九五円(上記金額は原告の滞納処分終了時における滞納税額一、七九六、五八七円を七四五、二〇八円上廻る)の売得金を取得した。

四、原告は右滞納処分に不服であつたので被告に対し昭和二七年二月一五日、審査の請求をしたところ、被告は同月二七日右請求を棄却する旨の決定をなした。

五、然しながら本件滞納処分は次に述べる理由により違法である。

(一)  本件公売処分の前提たる差押処分は違法である。

(1)  本件差押時における原告の滞納税額は合計二、二七六、五四二円(基本滞納税額一、八八一、一五七円、滞納附帯税額三九五、三八五円)であり、その後原告が任意納付し、或は被告のなした減額等により、本件滞納処分終了時における最終的な滞納税額は一、七九六、五八七円(基本滞納税額一、二二八、五五九円、滞納附帯税額五六八、〇二八円)となつたところ前後四回に亘る差押に際し、被告が差押債権として行使した滞納税額は別紙第一明細表の(二)記載の如く合計四、七六三、七七五円となつている。かかる金額が生じたのは被告において不当にも別紙第一明細表の(二)記載のとおり(イ)(ロ)(ハ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)の金額を二重に行使し、更に滞納税として存在しない別紙第一明細表の(二)記載の(番外)の一、乃至四の金額を設けて架空の債権を計上したためである。従つて本件差押は存在しない債権にもとずきなされたものであつてて、明らかに違法である。

(2)  本件差押当時における原告の滞納税額は合計二、二七六、五四二円であるところ、被告のなした評価によれば一括公売せられた本件建物、及び第四回差押に係る有体動産の評価額のみで、右金額を上廻る二、三六一、五九八円となつていたものであるから、第一回差押、及び第三回差押に係る有体動産は、頭初から差押の必要のなかつたものであり、これを差押えたことは違法である。

(3)  原告は本件差押後五六一、二一六円を任意納付し、更に被告は四〇、三五五円の減額をなしたものであるから、速かに右金額に相当する差押物件の解放をなすべきであるのに拘らず、滞納処分完了に至るまで依然として差押を継続し何等解放の手続をとらなかつたことは明らかに違法である。

(二)  本件不動産についてなした公売処分は違法である。

(1)  本件建物は二、二五〇、〇〇〇円で公売せられたものであるが、その敷地は旧浅野公の庭園であつて広大なものであり、かかる事情を参酌すれば右建物の価格は公売時において尠くとも六、〇〇〇、〇〇〇円であつたのに拘らず、これを前記の如く低廉な価格で公売したことは違法であると言わねばならない。

(2)  仮りに二、二五〇、〇〇〇円を相当な価格であつたとしても被告は本件建物を公売する以前に既に第一回差押並びに第三回差押に係る有体動産の一部を公売し、これが売得金九一、七九五円を取得していたものであるから、これを当時の滞納税額から控除した残余の額に充当するに足る限度で右建物を公売すべきであるのに拘らず、五棟の独立家屋からなつており当然分離可能な右建物を何ら分離公売することなく、あまつさえ第四回差押に係る有体動産と一括して公売した結果、売得金を滞納税額に充当して尚七四五、二〇八円の余剰金を生ずるにいたらしめたことは明らかに違法である。

(3)  仮りに右の如き一括公売が適法であるとするならば本件建物の周囲の板塀、門柱、庭木三〇〇本、養漁全部を一括公売に含めて公売をなすべきに拘らず、ことさらにこれを公売から除外したことは違法といはねばならない。

(三)  本件滞納処分は国税徴収法の精神を無視してなされた違法なものである。

(1)  国税徴収法における滞納処分は民事訴訟法上の強制執行と異なり滞納者の生活を著しく窮迫の状態に陥らしめる程度に至つてはならない。このことは国税徴収法(昭和三四年法律第一四七号を以て改正される以前のもの以下同じ)に定める滞納処分の停止、徴収乃至滞納処分の猶予、差押禁止の諸規定の法意より明白である。然るに本件滞納処分は前記法意を無視し、原告が料理飲食店を経営していることは明らかであるに拘らず、第一回差押及び第三回差押に際しては原告の営業用什器全部を、第二回差押に際しては本件建物全部を、第四回差押に際しては庭木、燈籠、畳、電気設備等を夫々差押えて原告をして全く営業不可能の状態に陥らしめ、しかもこれが公売に当つては滞納者である原告の現在及び将来の生活等を一顧だにせず、原告が多年に亘つて蓄積した営業上の利益を無視し、ただ特定の買受人が料理飲食店を経営する場合の利便のみを考慮してこれに必要な財産だけを公売し、買受人の必要としない物に対してはこれを公売せずしてその差押を解放する等、誠に苛酷なる方法によりその徴税の目的を達したものである。

(2)  しかも原告は本件差押後、公売前に五六一、二一六円を任意納付して納税に対する誠意を示し、ひたすら公売の延期方を懇請したに拘らず、被告は不当にもこれを一蹴し去つたのである。原告の老母は被告の冷酷なる処分をうらみながら遂に自殺するにいたつたが、右の如き徴収方法は断じて許さるべきものではなく、本件滞納処分は全く法律の精神を無視したものであつて、違法のものというの外ない。

六、叙上の次第であるから本件滞納処分は違法であり、従つて亦これを看過してなされた本件審査請求棄却決定も違法であるから、これが取消を求むるため本訴に及んだと述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁並びに主張として、

一、原告がその主張のような料理飲食店を経営していたこと、原告主張の如く四回に亘り財産の差押をなしその主張の如く公売したこと、これが売得金は合計二、五四一、七九五円であること、原告主張の如く審査請求がなされ主張のような棄却決定がなされたことは何れも認める。

二、本件滞納処分当時における原告の基本滞納税額(但し差押後、滞納処分終了前に任意納付され、或は減額したものを含む)並びに滞納附帯税額及び被告が差押債権として行使した滞納税額、差押物件の評価額は別紙第二明細表記載の通りである。

三、本件四回に亘る差押処分はすべて適法になされたものである。

(一)  本件差押当時における原告の滞納税額は合計二、三五〇、三三一円(基本滞納税額一、七八〇、三〇〇円円、滞納附帯税額五七〇、〇三一円)であり、滞納処分終了時における最終的な滞納税額は合計一、七九八、五九〇円(基本滞納税額一、二二八、五五九円、滞納附帯税額五七〇、〇三一円)であつたところ、被告が四回に亘つて差押債権として行使した滞納税額の累計は五、四三九、八〇五円となつているが、これは何ら不当に二重差押をなし、或は架空の滞納税額を設けて差押をなしたものではなく、次の理由に基くものである。

(1)  各差押当時までに原告が任意納付したものを、既に差押債権として行使している滞納税額のうちから控除した金額を以て差押物件の評価額と対比するも、尚従前の差押によつて満足を得る見込のない部分があつたため、この満足を得ない部分の滞納税額を再び差押債権として行使する必要があつたため右満足を得ないと認められる部分の額を滞納税額として加算したにすぎないのであつて被告は当時実存していた滞納税額の限度内で原告の財産を差押たものであり、決して不当に二重差押をなしたものではない。

差押債権額と差押物件の評価額の対比は次の通りである。

a 第二回差押までに差押債権として行使した滞納税額、(同一税を二重計算しない額)は合計一、八九四、四〇二円であり、差押物件の評価額は合計一、七三三、〇七八円である。

b 第三回差押までに差押債権として行使した滞納税額、(同一税を二重計算しない額)は合計二、〇六〇、五九〇円であり、差押物件の評価額、(昭和二六年六月八日差押解除したものを除く)は合計一、八三三、五六〇円である。

c 第四回差押までに差押債権として行使した滞納税額、(同一税を二重計算しない額)は合計二、〇六〇、五九〇円であり、差押物件の評価額、(昭和二六年六月八日差押解除したものを除く)は合計一、九九七、九六〇円である。

(2)  原告が架空の滞納税額と称するものは、いずれも同一年度に発生した同一税目の滞納税額を合算したものであつて、

a 原告において(番外)の一と称するものの内訳は

(ト) 昭和二四年度 所得税   第一期分  二九、八〇〇円

利子税          六、二〇〇円

延滞加算税        二、九九〇円

督促手数料           一〇円

延滞金         二五、九六〇円

(チ) 昭和二四年度 所得税   第二期分 一三五、一五九円

利子税         三一、二九〇円

延滞加算税       一四、四九〇円

督促手数料           一〇円

延滞金         五六、〇六〇円

(リ) 昭和二四年度 所得税   第三期分 二九九、七六一円

利子税         七八、三〇〇円

延滞加算税       一四、九八〇円

督促手数料           一〇円

延滞金         一四、一一〇円

(ヘ) 昭和二四年度 所得税   更正分   二六、六九二円

利子税          七、一三〇円

延滞加算税        一、三三〇円

督促手数料           一〇円

延滞金          一、二二〇円

合計         七四五、五一二円

であり

b 原告において(番外)の二と称するものの内訳は

(ル) 昭和二五年度 所得税   第一期分 一六六、〇八〇円

利子税         一四、四六〇円

延滞加算税        八、三〇〇円

督促手数料           一〇円

(オ) 昭和二五年度 所得税   第二期分 一四二、一六〇円

利子税         三四、七一〇円

延滞加算税        八、三〇〇円

督促手数料           一〇円

(ワ) 昭和二五年度 所得税   第三期分 一三四、九一〇円

利子税         一六、七四〇円

延滞加算税        六、七四〇円

滞納処分費        三、二九三円

合計         三六九、六三三円

であり、

c 原告において(番外)の三と称するものの内訳は

(ニ) 昭和二三年度 源泉所得税 随時分   一〇、六五四円に対する

利子税            四三〇円

延滞加算税          四三〇円

延滞金          九、八六〇円

合計          一〇、七二〇円

であり、

d 原告において(番外)の四と称するものの内訳は

(ホ) 昭和二三年度 源泉所得税 随時分    五、二〇三円に対する

利子税            二一〇円

延滞加算税          二一〇円

延滞金          四、九四〇円

合計           五、三六〇円

である。

(3)  尚、被告より原告に交付した差押調書謄本には誤記が存するが、次に述べる理由により差押調書謄本の交付は差押の有効要件ではないから、誤記のあることは何ら差押の効力に影響を及ぼすものではない。即ち国税徴収法上動産の差押は収税官吏による物件の占有によつて成立し、不動産の差押は所有者たる滞納者に対し管理処分権を奪う旨の通知をなすことによつて成立するところ、本件差押については、動産はすべてこれを収税官吏の占有に移し、不動産については差押調書謄本を以て差押うべき不動産を表示して通知しているものであるから、右の要件を充足しているものである。もつとも国税徴収法施行規則(昭和三四年政令第三二九号を以て改正される以前のもの、以下同じ)第一六条には差押調書謄本を滞納者に交付すべき旨の規定があるけれども、右は差押の要件を定めたものではなく、差押を公証するために差押後においてとるべき手続を定めた訓示規定に過ぎない。

(二)  本件四回に亘る差押はすべてその必要があつたものである。即ち、本件差押当時における原告の滞納税額は合計二、三五〇、三三一円であつたところ、第二回差押に係る本件建物の評価額は一、六三二、一九八円、第四回差押に係る有体動産の評価額は一六四、四〇〇円であるが、被告はその後昭和二六年一二月二日右物件を一括公売する場合を考慮し、利用価値に対する増加金五六五、〇〇〇円を加算した結果、右両者の評価額の合計は二、三六一、五九八円となつたものである。従つて右増加金の加算より以前になされた本件第一回差押、及び第三回差押が頭初より不必要のものであつたということはできない。

(三)  原告は差押後公売前に五五一、七四一円を任意納付したものであるが、滞納税額の一部納付がなされても差押を解放する事由とはならない。即ち、差押を解放すべき場合は、国税徴収法施行規則第一七条により差押債権となつている滞納税額が全額完納せられた場合に限るのであり、本件においては右任意納付によつても滞納税額全額の完納はないのであるから差押を解放すべき事由とはならない。

四、本件不動産についてなした公売処分は正当なものである。

(一)、被告は本件建物を二、二五〇、〇〇〇円で公売したものであるが、これが公売価格の決定に当つては、適正妥当な市場価格を算出するため、適格者の鑑定を求め、且つ、売買実例価格、及び既往の公売における経験則、並びに本件建物の取得価格等を調査し、これらを参酌したものであつて、これをもつて不当に低廉のものということはできない。

(二)  被告が本件建物、及び第四回差押に係る有体動産を一括公売に付した理由は次の通りである。即ち、本件五棟の建物はその構造、及び建物間の接着の程度、設備の連絡等からすれば、その利用目的は旅館、料亭用の建築物であることは明白であり、且つ、庭木、燈籠も右の用途に即して設けられたものであつて、全体が合して一つの利用単位をなしており法律上、経済上不可分の財産であつて、本件公売に当つても、これを分離して公売した場合は著しくその価値を減ずる結果となり、買受希望者を得ることは不可能に近い状況にあつたため一括公売の方法をとつたものである。

(三)  被告が本件建物の周囲に存する板塀、門柱、庭木、養漁等を一括公売より除外した理由は、本件滞納処分当時、右物件が原告の所有であるかどうかが明確でなかつたからである。

五、本件滞納処分は何ら国税徴収法の精神に反するものではない。

(一)  国税徴収法第一六条第一項第四号の差押禁止の規定は、所得の生ずる基礎が、主として滞納者自身の労働そのものである場合に、その労働に欠くべからざる物の差押を禁じているのであつて、原告の営んでいた料理飲食店乃至旅館業の如きは、自己の労力が直接所得を生ずる基礎となつているものではないから、本件差押物件は右規定による差押禁止物件でないことは明らかである。

(二)  国税徴収法第一二条の二第一項の滞納処分の猶予の規定は、滞納者が一時的に事業不振に陥つているが、これが更正に積極的努力をなし、且つ、納税に誠意を示している場合に二年間に限り、国税局長、又は税務署長がその権限により滞納処分の猶予を認めるものであり、猶予期間経過後には事業が好転し、滞納税の徴収が可能となる見込のある場合に限るところ、原告の場合には、本件滞納税以外に地方税法に基く滞納税八八、七一四、三五四円(市税七、二五二、六八七円、県税一、四六一、六六七円)及び一般債務二、九八三、〇〇〇円が存していたのであるから、二年間にその事業が好転し滞納税の徴収が可能となる見込は殆んどなかつたものであつて、猶予の要件を具備していたことは明白であり、況んや、原告は地方税の滞納により、昭和二五年中に三回に亘つて滞納処分を受け、右滞納処分は本件滞納処分終了に至るまで継続していた事情を参酌すれば尚更のことである。

六、従つて被告のなした本件滞納処分には何らの違法は存せず本件審査請求棄却決定は正当なものであつて、これが取消を求める原告の本訴請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

一、原告が「万象園」なる屋号を使用して料理飲食店を経営していたこと、被告が原告に対する滞納処分として第一回(昭和二五年四月二一日)に有体動産、第二回(同二六年一月九日)に本件建物、第三回(同二六年六月八日)、第四回(同二六年六月九日)に夫々有体動産の各差押をなしたこと、同二六年一〇月一日より同二七年一月二六日までの間に前後一一回に亘り第一回差押及び第三回差押に係る有体動産の一部同二七年一月二五日に第三回差押に係る本件建物及び第四回差押に係る有体動産が一括して夫々公売に付せられたこと、これが買得金は合計二、五四一、七九五円であつたこと、原告は右滞納処分について昭和二七年二月一五日、被告に対して審査の請求をなし、被告は同二七年二月二七日右請求を棄却する旨の決定をなしたことは当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第二号証乃至甲第六号証、乙第一号証乃至乙第一五号証、並びに弁論の全趣旨を綜合すれば本件差押当時における原告の滞納税額は合計二、三五〇、三三一円(基本滞納税額一、七八〇、三〇〇円、滞納附帯税額五七〇、〇三一円)であり本件滞納処分終了時におけるそれは合計一、七九八、五九〇円(基本滞納税額一、二二八、五五九円、滞納附帯税額五七〇、〇三一円)であること、被告が第一回差押に際し差押債権として行使した滞納税額は合計七二三、九七〇円、第二回差押に際してのそれは合計一、八八六、〇一五円、第三回差押に際してのそれは合計一、二三四、三一〇円、第四回差押に際してのそれは合計一、五九五、五一〇円であり従つて差押債権として行使した滞納税額の累計は五、四三九、八〇五円であること、被告がなした第一回差押に係る有体動産の評価額は合計一〇〇、八八〇円、第二回差押に係る本件建物のそれは合計一、六三二、一九八円、第三回差押に係る有体動産のそれは合計一一〇、六八二円、第四回差押に係る有体動産のそれは合計一六四、四〇〇円であり、その後、昭和二六年一二月二日、第二回差押に係る本件建物及び第四回差押に係る有体動産は一括公売することを前提として評価替をなし、両者合して二、三六一、五九八円となつたものであることが認められる。

三、そこで本件公売処分の前提たる差押処分は適法になされたものであるかどうかについて検討する。

(一)  不当な二重差押かどうかについて、

前認定の通り本件差押当時における原告の滞納税額は合計二、三五〇、三三一円(基本滞納税額合計一、七八〇、三〇〇円、滞納附帯税額合計五七〇、〇三一円)であり、被告が本件差押に際し差押債権として行使して滞納税額の累計は五、四三九、八〇五円であるところ、前掲甲第三号証乃至甲第六号証乙第一号証乃至乙第四号証並びに弁論の全趣旨を綜合すれば右の如き累計が生じたのは被告において同一滞納税額を二回或は三回に亘つて差押債権として行使したことによるものであることが認められる。ところで滞納処分において差押債権として行使した滞納税額と当該差押に係る物件の評価額を対比した結果、当該差押によつては差押債権額全額の満足を受け得ない部分が生ずることが明らかである場合は、差押物件の評価額が著しく不当でない限り、不足部分の滞納税額を再び差押債権として行使し、これを満足するに必要な限度で更に別異の財産の差押をなすことが許さるべきことは民事訴訟法上の強制執行におけると何ら異なるところがなく、且つ、この場合において差押債権額から既に行使した差押債権額を減縮した額を改めて差押債権額とすることの必要でないことは論を待たないところである。而して前認定の通り被告が本件四回に亘る差押に関してなした差押物件の評価額は合計二、〇〇八、一六〇円(その後の評価額替により上記金に五六五、〇〇〇円を加算し二、五七三、一六〇円となる)であるところ、その後一部差押を解放した有体動産を除く右差押物件の公売価格は合計二、五四一、七九五円である点、並びに後記認定の通り差押物件中の主要なものである第二回差押に係る本件建物、及び第四回差押に係る有体動産の公売価格合計二、四五〇、〇〇〇円は正当であると認め得るところよりすれば右合計二、五四一、七九五円の公売価格も亦、正当であると認められる点、更に右公売価格と本件差押物件の評価額とは著しく異なるものではない点よりすれば、結局被告がなした右差押物件の評価額二、〇〇八、一六〇円は不当なものではなく、且つ、被告は当時存した滞納税額二、三五〇、三三一円の限度内で差押をなしたものと認められるから本件差押は正当であつて、これを違法とすべき理由は存しない。

(二)  架空の滞納税額を以て差押債権としたかどうかについて。

成立に争いのない甲第五、六号証、並びに乙第三、四号証によれば被告が第三回差押及び第四回差押に際して作成した差押調書中には差押債権として行使した滞納税額のうちに原告において(番外)の一乃至四と称する次の税額が記載されていることを認めることができる。

(番外)の一、昭和二四年度 所得税   九一三、一六七円

督促手数料      四〇円

(番外)の二、昭和二五年度 所得税   二九一、六四〇円

督促手数料      三〇円

(番外)の三、昭和二三年度 所得税

延滞金    二〇、〇一八円

利子税       四三〇円

延滞加算税     四三〇円

(番外)の四、昭和二三年度 所得税

延滞金     五、一一〇円

利子税       二七〇円

延滞加算税     二六〇円

ところで被告はこれに対し右は同一年度に発生した同一税目の滞納税額を合算して記載したものであつて何等架空のものでなく本件差押は実存していた滞納税額に基いてなしたものであると主張し、夫々についてその内訳税額を陳述しているが、これが内訳税額の合算額は右差押調書記載の金額と一致せず、年度の記載があることのみを以て差押調書自体からは、直ちに右(番外)の一乃至四が被告主張通りの内訳税額の合算額であるとは認め難い。然しながら本件弁論の全趣旨に照せば差押調書の右表示は、被告の誤記、誤算によるものであつて被告は当時、実存していた被告主張の内訳通りの滞納税額に基いて差押をなし、且つ、公売による売得金をこれに充当したものであることが認められるから、右も亦、本件差押を違法ならしめる理由とはならない。もつとも滞納処分において差押調書の誤記が直ちに差押を違法ならしめるものではないとは言え、本件差押調書の如き杜撰な表示をなすことは厳に慎むべきことは勿論である。

(三)  本件四回に亘る差押はその必要があつたかどうかについて。

前記の通り本件差押当時における原告の滞納税額は合計二、三五〇、三三一円であり、被告がなした各差押は第一回が昭和二五年四月二一日、第二回が同二六年一月九日、第三回が同二六年六月八日、第四回が同二六年六月九日であり、更に被告がなした差押物件の評価額は第一回差押に係る有体動産が合計一〇〇、八八〇円、第二回差押に係る本件建物が合計一、六三二、一九八円、第三回差押に係る有体動産が合計一一〇、六八二円、第四回差押に係る有体動産が合計一六四、四〇〇円であつたが、右の評価額は夫々不当なものとは認められないところ、被告は右各差押の終了後である昭和二六年一二月二日に至つて、第二回差押に係る本件建物、並びに第四回差押に係る有体動産は一括公売するものとしてこれが評価替をなした結果、両者を合して二、三六一、五九八円となつたものであるから、評価替をなした結果が原告の当時存した滞納税額を上廻る金額になつたとしても、これを以て当然に評価替をなす以前になされた第一回差押及び第三回差押が頭初より不必要であつたと言うことはできない。

(四)  滞納処分の執行中における滞納税額の減少と差押との関係について。

滞納処分の執行中において滞納税額の一部について任意納付がなされ、或は減額がなされる等して滞納税額が減少しても全額が消滅しない限りは差押の解放をなす必要がないことは国税徴収法施行規則第一七条に照し明らかである。それ故原告主張のとおり滞納処分執行中に滞納税額につき一部その主張の額の任意納付があつたとしても、既になされている差押はこれを解放するを要しないものといわねばならない。

以上説示の通り、本件差押処分にはこれを違法とすべき事由は存しない。

四、次に本件公売処分は適法になされたものかどうかについて検討する。

(一)  本件不動産の公売価格について。

本件建物の公売がなされたのは昭和二七年一月二五日であり、これが公売価格は二、二五〇、〇〇〇円であつたことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第一九号証証人小田繁市、同中村義夫の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、本件建物の敷地はその面積約二、〇〇〇坪あり、旧浅野公の由緒ある庭園であつて、古くから「万象園」と称されていたが戦災により少数の樹木、燈籠等を残して殆んど廃虚に等しい状態になつたこと、昭和二二年に至り原告は料亭を営む目的を以てこれを借り受け、同二三年頃より工事に取りかかり翌二四年にこれを終つたが、その間庭木を植え、燈籠を設置する等して庭園を復修し、且つ、他より古家屋を移築し、或は新家屋を建築して本件建物を完成し、原告はこれが費用として数百万円を投じていること、本件建物完成後は広島市内における高級料亭として営業していたことが認められる。

そこで進んで本件公売価格について考えるに成立に争いのない乙第九号証、並びに証人大久保要の証言によれば、被告は本件建物の差押後である昭和二六年八月頃、中国財務局の建築関係者に対し本件建物の価格について評価を依頼したところ、これを料亭に使用しない場合は一、六三二、一九八円、料亭に使用する場合は右の価格の二〇%増とすべき旨の評価がなされたことが認められ、更に証人大前充の証言によつて真正に成立したと認め得る乙第二〇号証、乙第二一号証、乙第二二号証の一乃至五、並びに証人中村義夫、同上野初吉、同大前充の各証言を綜合すれば、本件建物の公売による買受人は訴外中村義夫であつたが、同人は買受後に約四、七〇〇、〇〇〇円を投じて本件建物並びに庭園等の補修をなしたが昭和三一年に至り、これを訴外谷口稔に代価六、五〇〇、〇〇〇円で売渡し、訴外谷口は更に昭和三三年に至り、これを代価七、二〇〇、〇〇〇円で訴外上野初吉に売渡したが、訴外上野はその後、別途本件敷地を買受け、昭和三四年に至り土地及建物を一括して代価四〇、〇〇〇、〇〇〇円で日本電信電話公社に売渡したこと、日本電信電話公社が本件土地及建物を買受けたのは本件土地上に電信電話会館を建築するためであつて、土地の取得を目的としていたが、本件建物も一括買取方を求められたので、本件建物は買受後に収去することとしてこれを二、〇〇〇、〇〇〇円、庭木その他の地上物件を含めて土地を三八、〇〇〇、〇〇〇円と評価し、合計四〇、〇〇〇、〇〇〇円をもつて本件土地及建物を買受けたものであること、並びに日本電信電話公社は右買受に当り、本件建物の評価を住友銀行広島支店、及び三井銀行広島支店に依頼し、亦、自らもこれが評価をなしたところ、住友銀行広島支店からは二、六〇〇、〇〇〇円、三井銀行広島支店からは樹木、池、塀等を含めて二、五〇〇、〇〇〇円である旨の回答がなされ、自ら評価した結果は、三、〇一八、一〇七円であつたが、右の価格は何れも利用目的は特に考慮せずになされたものであることが認められる。

ところで公売価格が著しく低廉である場合は違法に納税者の権利を侵害することになるが、著しく低廉であるかどうかは客観的な市価を基準として決すべきであり、収税官吏は客観的な市価によつて妥当な価格を見積るべき義務があるところ、本件建物の価格決定に当つては、これが特に料亭として一般取引の対象となる場合においては、その目的で建築せられたものであること、由緒ある庭園内に存すること等の特殊事情も当然考慮されて然るべきであるが、滞納処分における如く、買受人は未だ不特定であり、且つ買受後何れの用途に使用するやも判明しない場合においては前記の如き特殊事情が存することは特にこれを考慮に入れる必要のないものと言うべきである。而して利用目的を特に考慮しない場合の本件建物の市価は、前認定の通り一、六〇〇、〇〇〇円乃至約三、〇〇〇、〇〇〇円(その間、経済事情の変動或は造作が加えられたこと等もあろうけれども)と評価せられていたものであるからこれと著しく異なるところのない本件建物の公売価格、二、二五〇、〇〇〇円は特にこれを低廉にすぎるものとして違法視するには当らない、証人小田繁市の証言並びに原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は採用しない。

(二)  本件建物並びに第四回差押に係る有体動産の一括公売について。

前認定の通り本件滞納処分終了時における原告の滞納税額は合計一、七九八、五九〇円であり、公売(本件建物並びに第四回差押に係る有体動産は一括公売す)による買得金は合計二、五四一、七九五円であつたところ、被告は右売得金を滞納税額に充当した結果、七四三、二〇五円の余剰金が生じたことは明らかである。そこでかかる公売の当否について考えるに証人中村義夫の証言、検証並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告が借地上に本件五棟の建物を建築し且つ樹木を植え、燈籠を設置する等して庭園を復修したのは、これらを一体不可分のものとして利用し、ここにおいて料亭を営まんがためであつて、かかる目的に即して各建物の構造、配置、接着の度合、連絡等が決せられたものであり、完成後も経済的には全体が合して一つの価値を形成し、前示目的のために利用せられていたものであることが認められる。従つてかかる状態にあつた本件五棟の建物並びに第四回差押に係る有体動産を分離して公売することは法律上は可能であるとしても、その結果、経済的価値は著しく減退することは自ら明らかであり、かかる点よりすれば右物件は分離して公売することの不適当な財産であると言わねばならない。それ故、被告が一般的に不利益な結果を招来すると認められる分割公売を避けて一括公売に付したことは相当であり、且つ、その結果、前記の如き余剰金が生じたとしてもこれまたやむを得ないところといはねばならない。

(三)  板塀、門柱、庭木の一部、養魚等を一括公売より除外したことについて。

被告が本件公売において右物件を一括公売より除外していることは当事者間に争いがないところ成立に争いのない乙第一九号証並びに弁論の全趣旨によれば、右物件を除外したのは原告と本件建物の敷地の所有者との間において地上に存する樹木、布石、燈籠等も貸借の目的とする旨の合意がなされていたため、被告としてはこれが所有関係について判然としなかつたからであり特段の意思を持つものではなかつたことが推認せられるから、これを以て特に本件公売を違法視することはできない。

以上説示の通り本件公売処分にはこれを違法とすべき事由はない。

五、更に本件滞納処分は国税徴収法の精神を無視してなされたものかどうかについて考える。

国税徴収法第一六条第一項第四号の規定は所得の生ずる基礎が主として滞納者自身の労働そのものによる場合その労働に欠くべからざる物の差押を禁止する趣旨のものと解するを相当とするから所得が高級料亭経営により生ずる場合その営業用の什器具類等はこれに該当しないものといはねばならない。従つて本件各差押に係る物件はいずれも同号所定の差押禁止物件に該当しないものと認めらるから、かかる物件に対してなされた差押を非難するは当らない。又成立に争いのない乙第一七、一八号証の各一、二、三によれば、原告は本件滞納処分当時、本件滞納税以外に約一〇、〇〇〇、〇〇〇円の債務を負担していたことが認められ、かかる状況を参酌すれば同法第一二条の二にいう滞納処分の猶予の要件に該当しないものとして被告がその滞納処分猶予の措置をとらなかつたことも亦違法なりとすることはできない。

而して弁論の全趣旨によれば本件滞納処分の結果、原告が営業不能の状態に陥つたこと、従つてまた原告及その家族が悲歎に暮れたことも容易に推認し得るところであるが、納税が国民の義務であることを考えるときこれ亦、やむを得ないところというべきであつてかかる結果を来たしたことをもつてその手続を苛酷にすぎるものとして違法視することもできない。従つて被告において殊更に原告に対し苛酷なる方法をとる意思のあつたものと認められない本件滞納処分はその差押手続の段階において前記の如く妥当ではないと認められる点の存することはこれをいなみ難いがこれを以て国税徴収法の精神を無視した苛酷なる滞納処分としてこれを違法なるものと断ずることはできないものといわねばならない。

六、以上の理由により本件滞納処分は結局適法なものというの外なく従つて亦、本件審査請求棄却決定も適法であつてこれを取消すべき違法は存しない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 大賀遼作 小池二八 上野国夫)

(別紙目録省略)

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